原作について
今ではすっかり「孤独のグルメ」の原作者として有名な「久住昌之」氏。
彼は1981年、神保町の私塾美学校の同期「泉晴紀」氏とコンビを組み、久住氏が原作を、泉氏が作画を担当する漫画家「泉昌之」として商業デビューしました。
その頃の初期作品群を収録し、1983年に発行された単行本こそが原作『かっこいいスキヤキ』です。
また、『かっこいいスキヤキ』は2020年に「泉昌之」デビュー40周年ということで、新装版が発売されました。
新装にあたっては描きおろしの新作「夜港」が収録され、本作での第一話となっています。
原作『かっこいいスキヤキ』においても、やはり中心となる人物は、トレンチコートに中折れ帽の出で立ちで、やたらとハードボイルドを気取りつつも、食事に独特のこだわりを持つが故に醜態を晒してしまう「本郷 播(ほんごう ばん)」です。
実写化した本作では竹内力氏が本郷役を演じ、想像以上の演技を魅せてくれました。
ただ、惜しいのは本作の本郷の設定が何故か「ジェームス本郷」という金髪碧眼の日系人に変更されてしまったことです。
竹内力氏は非常に端正な顔立ちではありますが、外国人ではありません。
それに、本郷は格好つけつつも抜けているところが魅力でもあるので、格好が良過ぎても作品世界の哀愁とか滑稽さを損ないかねないのです。
さらに、歳も行き過ぎている点は否定できないでしょう。
しかし、初めは外見に少々不安を感じたものの、観るにつれ段々と本郷が原作とシンクロしていき、漫画のシーンが次々に再現されていくことに深い満足感を得られるようになりました。
それに、当然のことではありますが、やはり実写ドラマならではの本郷の動きはより笑いを誘います。
そこは実写の強みを存分に活かしていますね。
また、思いのほか音楽が作品の空気にマッチしていました。
「孤独のグルメ」シリーズでは原作の久住氏本人が音楽制作に携わっていましたが、正直言ってクセの強い楽曲が多いように思います。
その点、本作のBGMはその場の展開に相応しく、かつ主張し過ぎない作りで好感が持てました。
特に竹内力氏が自ら吹いたというメインテーマ曲の口笛は、作品の世界観をよく表現していると思います。
ただ、個人的にもう一点だけ欲を言えば、原作の持つ昭和の寂寥感、夜の暗さ・寂しさをもう少し再現してほしかったという思いがあります。
『かっこいいスキヤキ』において本郷の登場するストーリーはデビュー作「夜行」をはじめ、いずれも物語の時間設定が夜です。
ハードボイルドの雰囲気を出すには、やはり明るい太陽の下ではなく星も見えない闇夜の方が適しているということもありますが、原作のコマのベタで塗られた背景の向こうには、照明の少ない昭和の深く静かで寂しい夜を感じることができました。
このマンガにそんなことを感じるのは私だけかもしれませんが、ともかく私はそのギャグマンガでありながらどこか漂ってくる寂しい雰囲気が好きだったのです。
実写ドラマでそのような空気を(そもそもそれが存在するのかさえ怪しいが)再現してくれていたら、個人的には最高でした。
⇦例:第4話「ロボット」のラストシーン
原作では時計が深夜0時をまわっていたが、ドラマでは子供のセリフから夕飯時であることが分かる。全体的に明る過ぎるし、本郷が歩いている場所も裏路地ではなく開けた場所になっている。
『かっこいいスキヤキ』感想
第1話「夜港」感想
原作単行本において巻頭を飾り、かつ最も重要な作品は「夜行」であります。
ならば当然、本ドラマでの第1話も「夜行」が相応しいわけですが、選ばれたのはそのパロディ的作品である「夜港」の方でした。
残念ではあるのですが、これについては仕方がないことだとも思います。
というのも「夜行」はすでに2002年3月27日放送の「世にも奇妙な物語」において「夜汽車の男」としてドラマ化されていたからです。
「夜汽車の男」はほぼ原作に忠実であり、「世にも奇妙な物語」の中でも人気のあるエピソードとなっていることから、あえて再ドラマ化することはないと判断されたのでしょう。
しかし、この1話は他のエピソードと比べてあまり出来がよくありません。
本郷が登場する多くのエピソードの核とも言える異常な「こだわり」をかなりの部分で省略してしまっているからです。
本郷独特の飲食店選びの基準、注文するメニューの組み立て方、和食と洋食の違い等々…、作中でもわりと重要なシーンが抜け落ちているのは致命的と言えます。
他にも、意味もなく2度も冒頭の取引のシーンを回想したり、同じ店の前を行ったり来たりする等、どうにも展開がもたついているのです。
これ以外のエピソードはきちんと本郷のこだわりの解説が入っていることや、テンポが良いことから察するに、この1話はまだドラマの方向性が定まらない一番最初に作られたのではないか、という印象を受けました。
とは言え、「夜港」は原作マンガでも正直、面白さはイマイチだったので、もともと不利な題材ではありました。
これはどちらかと言うとギャグではなく、自分の希望する食事を求めて店を探しているのに悉く裏目に出てしまい辿り着けない、日常のあるあるネタと解釈するべきではないかと思います。
⇦閉店時間になってしまい、結局入れないラーメン屋。店の佇まいに心惹かれる。
第2話「花粉」感想
本郷にしては珍しく女性絡みのエピソード。
それ故に個人的にはあまり原作の中で好きな話ではなかったのですが、意外にもドラマ化することで、洒脱で洗練された雰囲気が醸し出され、本郷に好感が持てる作りとなっていました。
江美役の佐藤江梨子氏も、大人の色香と清潔感があり、申し分ないキャスティングであります。
そのように洒落た空気が漂うドラマ版だけに、原作と異なり性的な描写を排除したラストで正解でした。
少々ベタなオチではありますが、本郷という人物に相応しい、むしろ原作よりも作品の世界観に沿ったラストであったと賛辞を贈りたいです。
また、ここでは花粉症を何とか誤魔化すべく奮闘する竹内力氏の顔芸と、鼻づまりによって発音全てが濁音になってしまうセリフが見どころであります。
二次元の表現を三次元にすることの醍醐味を分かりやすく味わうことができるエピソードでした。
⇦独特な鼻づまり解消法も原作に忠実に図解してくれているので安心である。
第3話「最後の晩餐」感想
原作単行本および本ドラマの作品タイトルが『かっこいいスキヤキ』であることから、タイトルこそ違えど、この第3話こそが実質の表題作であると考えられます。
実際、このエピソードでは本郷の本質、つまりいかにかっこよくものを食べるか、という命題が突き詰められています。
そもそも泉昌之氏の作品がグルメ漫画の中で革新的だったのは、それまではいかに美味しいものを作るか、という作る側(料理人)視点だった世界に、いかに美味しく(それは同時に正しく、かつ格好いい)食べるか、という消費者の視点を持ち込んだことです。
それは食をリアルに、等身大の世界に戻すことでもありました。
ベストな料理を突き詰めれば結局のところ、莫大な予算か莫大な手間、あるいはその両方が必要にならざるを得ません。
必然的に現実味は薄れていきます。
しかし、食べる側が採れる選択肢は実にシンプル。
つまり何を食べるか、どの順番で食べるか、ぐらいです。
だから、作品世界は現実的でいられるのです。
さて、この第3話ではそのような本郷のこだわりが全編にわたって見ることができます。
鍋奉行という言葉があるように、もともと鍋ものやスキヤキは異常にこだわりを持つ人が存在する料理です。
しかし、本郷はこだわりこそ強いものの、決してそれを人に押しつけることはしません。
むしろ自分だけが正解を「理解っている」として、それ以外の人々に対する優越感でもって悦に入るふしが見受けられます。
まあ、確かに本郷でなくとも、スキヤキで肉ばかり食べるのは格好悪いしマナー違反だとは思いますが…。
ところが本郷は、最初のうちこそ格好いいスキヤキの食べ方をして自己満足するものの、自分が肉を食べていないように誤魔化す、他人に肉を食べさせないようにする等のせこい小細工の数々がエスカレートしていき、しまいには被害妄想からデマによって友人関係を崩壊させ、卑しく肉を独り占めする醜態を晒すまでに至ってしまうのです。
そして、実は肉は食べ放題でした、というオチ…。
この、最初は格好つけるものの終いには暴走して恥を晒す、という流れはその後の泉昌行氏の漫画『食の軍師』でも定番となっています。
ところで、このエピソードは原作とかなり設定を変えています。
本ドラマでは食卓を囲むのは本郷の大学時代の親友であり、卒業後かなりの年月を経ての再会となっていますが、原作では大学時代のサークル合宿での出来事となっています。
それは設定を変えざるを得ない表現が原作にはあるからです。
まず、本郷は横浜出身ということで徹底的に地方出身者を見下します。
具体的な地名まで出ているうえに、農家や酪農家をバカにする発言は、今の時代にはとてもじゃないが映像化できません。
さらにファッションに関するダメ出しについても、ベルボトムだのチューリップ帽だの、現代人には何のことだかさっぱり分からないでしょう。
その点、ドラマ版において本郷が友人を小馬鹿にしつつ疑心暗鬼に陥る流れは概ね成功していると言えます。
また、本郷の友人たちも、演じる俳優さんの個性が際立っていて満足度が高かったです。
原作ではイマイチ影の薄いサークル仲間でしたが、ドラマ版ではそれぞれ濃いキャラクターの味付けがなされ、良い感じに不快感を煽ってくれました。
⇦変なプライドのために肉を食えない本郷はイラ立ちを募らせ、仲間割れを誘発するが…
第4話「ロボット」感想
ただ、便が出そうなのをひたすら我慢する様を描く。
このウンコネタというのはギャグ漫画において鉄板中の鉄板であります。
ネタがネタだけに果たして実写化されるのか不安ではありましたが、きっちりこのエピソードも収録されたのは単純に嬉しいです。
そして、どれだけネタがくだらなかろうが、やっぱり安定の面白さ!
便が漏れそうな時の動きって実際に演技するのはとても大変だと思うのですよ。
それを原作以上の様々なバリエーションで見せてくれるのです。
当エピソードは本作の中で、竹内力氏の演技力が最も発揮された部分でありましょう。
ただ、上述したように舞台が深夜の街でなかったのが残念な点ではあります。
原作の中でも「ロボット」は初期の頃の作品なので、画風は極めて劇画調でありました。
シリアスな絵でバカな展開を繰り広げるのが泉昌之の魅力であり、夜の背景はその劇画的な世界をより引き立たせます。
その意味では本郷も、もう少しだけシリアスにしつつ、それでも情けない姿を晒してしまうギャップがあると最高だったと思います。
それにしてもタイトルでもあるロボットの歩き方、なんとなく想像はできても、なるほどこういうふうに歩くのか、と映像をみて感心しました。
これを作品のシメに持ってくるセンス、私は大好きです!
⇦原作に忠実に、ちゃんとタイトルバックにおもちゃのロボットがいる。これも重要なポイントである。