『落下の解剖学』ネタバレあらすじ
サミュエルの落下
ベストセラー作家サンドラは深い山中に佇む自宅で、学生のインタビューを受けていました。
作品についての論文を書きたい学生はサンドラに様々な質問をしますが、彼女は微妙に答えをはぐらかし、逆に学生個人のことを尋ねてきます。
サンドラはワインを飲んで少し酔っているようでした。
そこへ突然、音楽が大音量で鳴り響きます。
サンドラの夫サミュエルがいつものように執筆作業用BGMをかけ始めたのでした。
あまりのうるささにインタビューは終了せざるを得ず、学生は帰ります。
その後、サンドラとサミュエルの息子ダニエルは愛犬スヌープと散歩に出かけました。
散歩から帰ってくると、スヌープが家の前で何かを発見し吠え立てます。
しかし、事故で視力を失っているダニエルにはそれが何か分かりません。
触ってみると、それはどうやら倒れた父サミュエルの死体のようです。
ダニエルは必死に母に助けを求めました…
疑惑
警察の現場検証の結果、サミュエルが3階の自室から落下したことは確かでした。
ただし、検死では死因は頭部の外傷ということのみで、それが凶器で殴られたものなのか、落下して物置にぶつけたものなのかは不明でした。
さらに、サミュエルの落下位置は物置から若干距離がありました。
サミュエルが落ちた時、家にいた者は昼寝中のサンドラ一人です。
そして第一発見者は盲目のダニエルと犬のスヌープ。
不確かなことばかりの状況であり、事故・自殺・他殺全ての可能性があります。
サンドラは弁護士の友人ヴァンサンに助けを求めました。
サンドラはもちろん自分の無実を訴え、事故の可能性やサミュエルが過去に自殺未遂を起こしたこと、彼が抗うつ薬を中止していたことを指摘しますが、ヴァンサンは状況から見てサンドラに疑いの目が向けられるのは避けられないと判断します。
サンドラがテーブルにぶつけたと言う腕の痣も不利な証拠でした。
また、当日のダニエルの散歩前の記憶も曖昧で「両親は喧嘩などしていない」と言うものの、二人の声を聞いたという場所も警察の現場検証と矛盾していました。
裁判
やがて検察はサンドラを夫殺害の容疑で起訴します。
物置の外壁についた血痕が3階にいたサミュエルが殴られて血が飛び散ったものと考えられること、サミュエルが隠れて録音した事件前日の夫婦喧嘩の音声ファイルが発見されたこと等が理由でした。
公判が始まりました。
検事は、サミュエルが3階から転落したのはサンドラから凶器で殴られたからだ、と主張します。
その一方で弁護人のヴァンサンは、3階の手すりの高さから計算すると、かなり外側に仰け反った状態でサミュエルの血が落ちたことになり、不自然どころか二人の身長差を考えるとあり得ない、と反論します。
しかも、検察の言う凶器は発見されてもいないのです。
ヴァンサンはサミュエルが誤って転落したものと主張しました。
サミュエルは落下後、物置の屋根にぶつかり頭部の傷を負い、地面に着地した後も僅かに移動して力尽きたというのです。
物置の屋根に血痕が無かったのも、雪が解けて流れてしまったからと考えられました。
また、ダニエルが両親の声を聞いた場所・時間についての矛盾も検事は指摘し、母サンドラを庇っているのではないか、と疑念を向けます。
だが、それについてもダニエルはまだ幼い時期にあり、父の死に激しく動揺して記憶が曖昧になっている、と説明がつきました。
何人もの証人が出廷しました。
事件当日サンドラをインタビューした学生は、サンドラに不自然な点はなく、大音量を流されたのはサミュエルの嫌がらせだったのではないか、と証言します。
また、サミュエルの主治医は「薬を止めていたとはいえ、彼が自殺をするとは考えられない」と証言しました。
夫婦喧嘩
そして問題の音声ファイルが公開されます。
事件の前日、サンドラとサミュエルは激しい喧嘩をしており、その様子はサミュエルによって密かに録音されていたのです。
サミュエルは「自分は家のことや育児で全く時間がないのに、サンドラだけ作家として好きに活動できるのは不公平だ。自分にも時間が欲しい」と不満を投げかけました。
それに対しサンドラは「自分は別に家事も育児も強制していない。あなたも創作活動がしたければすればよい」と事もなげに返します。
サミュエルもまた作家志望だったのですが、ダニエルの事故をきっかけに作品を書けなくなり、生活のために教師をしていたのでした。
ダニエルが視力を失ったのは、保育園の帰りに事故に遭ったからです。
その日、たまたまサミュエルの執筆が忙しく、家政婦に迎えを頼んだ矢先の出来事でした。
直接の因果関係はなくとも、あの時サミュエルが迎えに行っていれば、という思いは夫婦の間にわだかまりを残したのです。
二人の会話はなおも平行線を辿り、やがて言い争いはエスカレートしていきました。
サンドラが「サミュエルが小説を書けないのは自分自身の問題なのに、人のせいにしている」となじれば、サミュエルは「サンドラは人の構想を盗んで書き上げた。おまけに複数人と浮気をした」と責め立てます。
二人は日頃のささいな不満をお互いにぶちまけます。
その後は誰かが誰かを叩く音、物が割れる音、くぐもった声が続くのでした。
サンドラの証言によると、最初に彼女がサミュエルをひっぱたいたそうです。
腕の痣はその時サミュエルに掴まれてできたものでした。
次に彼は色々な物を投げつけ破壊しました。
そしてサミュエルは壁を殴り、しまいには自分を殴りだしたそうです。
しかし、この音声によってサンドラの印象が一気に悪化したのは確実でした。
検事はさらに、サンドラの書いた小説の内容まで引用し、彼女に殺意があったかのようにこじつけます。
加えて、浮気の事実についても事細かく尋ねました。
サンドラは自分がバイセクシャルであることや、何人かと性的な関係を持ったことを告白せざるを得ませんでした。
真実の推論
真実を知りたい、という気持ちから反対を押し切って裁判を傍聴していたダニエルにとって、父や母の暗部を知るのはつらいことでした。
ダニエルは明日、特別に法廷で証言をすることになっていましたが、「今日は一人になりたい」と言い出したので法廷監視員のマージが保護することとなり、サンドラは一晩家を離れました。
その夜、ダニエルはある仮説を証明するべく飼い犬のスヌープにアスピリンを飲ませます。
ところが予想以上にスヌープの様子がおかしくなってしまい、ダニエルはマージに泣きつきました。
マージの応急処置によってスヌープは段々と回復していきます。
マージが何故こんなことをしたのかダニエルに尋ねると、「以前にスヌープの様子がおかしかったのは、父が吐いたアスピリンを食べてしまったからではないか」との仮説を確かめるため、とのことでした。
ダニエルは今日の法廷で初めて父が鬱であったことを知り、実験によって自殺未遂が事実であることを確信したのです。
裁判最終日、ダニエルはハッキリと自分の体験とそこから導き出した考えを述べます。
すなわち、母が父を殺すことは考えられないが、父が自殺をすることはあり得る、と。
サミュエルが薬を過剰摂取して自殺を図ったことは事実でした。
そしてサミュエルはダニエルに対し、執拗にスヌープの死について覚悟を求めていました。
それは今にして思えば、スヌープではなくサミュエル自身の死について語っていたのではないか、とダニエルは述べます。
裁判の結果、サンドラは無罪を勝ちとりました。
サンドラはヴァンサンら弁護スタッフと祝杯を交わし、喜び勇んでダニエルの待つ自宅へと帰ります。
安堵し抱き合う二人でしたが、母子の間には奇妙な距離が生じていたのでした…。
『落下の解剖学』感想 夫婦の相互理解など幻想に過ぎぬ!カップルはクソみたいなデートムービーよりこれを観ろ!
予告を見て、てっきりミステリー作品かと思いきや、いやはやとんでもないところに着地してきました。
法廷劇と見せかけて、実は真実は分からないし、むしろ重要なのはそこではない。
本作は「人は所詮、真実など分かるものではない」とばかりに潔く認め、「だからより真実に近いと思われる結論を導き出し、それを真実だとして心を決めるしかないのだ」と説いてきます。
もちろん裁判である以上、判決は有罪か無罪かどちらかしかないわけで、一応は万人が納得するような答えは出るのですが、事件の真相はそれとはまた別問題なわけでして。
本作はミステリ作品にありがちな事件の回想シーンは無く、サミュエルの転落の原因について実は最後まで分からないままなのです。
つまり本作の意図するところは事件の解明ではなく、事件を通して分かる物事の見方だったり、夫婦関係だったりするのです。
裁判において、検察側は兎に角サンドラを悪者に仕立てあげるため、彼女の書いた小説から夫に対する殺意をこじつけたり、もはや妄想に近い想像で犯行を証明したり、性的少数者であることを含め彼女のイメージを悪くする材料があれば、事件と関係がなくとも大げさに騒ぎたてます。(この検事がまたキャラが立っていて実に憎たらしいんですね。いい味が出ていました。)
それをもってサンドラは、検事やマスコミは彼女の一部分だけを切り取り歪んだ見方をする、と嘆きます。
しかし、一方でサンドラは自身に都合の悪いことは隠していたし、弁護側だってサンドラの良い面しか論じません。
それに裁判に限らず、人によって物事の解釈に偏りが出るのは避けられないことでしょう。
そこで法廷監視員のマージがダニエルに、世の中には真実が分からないことなどいくらでもあり、確たる証拠がなければ裁判のように一番あり得べき答えを選び、それが真実だと心を決めるしかないのだ、と語るシーンが核となるわけです。
同様に、自分以外の他人の心もまた分かるわけがありません。
自分自身の次に理解していると思われる配偶者とて、実際はすれ違いばかりです。
本作の夫婦は母国語であるドイツ語とフランス語を封じ、お互いが英語で話すことでそのディスコミュニケーションぶりを際立たせていましたが、仕事・家事・育児・性的関係についての見事なまでの見解の相違が実に興味深いものでした。
どちらかが間違っているわけではなく、お互いの言い分が納得できる点もリアルでした。
というか、私自身これに近いケンカをしたこともあり、身につまされるものがありました。
そう、実際夫婦なんてこんなものだと思うのですよ。
相互理解など幻想に過ぎぬのです!
だからカップルが映画を観るとするなら、クソ甘い恋愛映画より本作を観た方が100倍ためになるのです!
また、夫婦だけでなく親子についても同じです。
物語の最後、すべてが終わりサンドラは晴れて家に帰り、息子ダニエルを抱きしめます。
しかし、安易なハッピーエンドではありません。
そこで二人は何と言ったか。
「ママが帰ってくるのが怖かった」「私もよ」といったセリフが交わされるのです。
親子はお互いの知らなかった一面を見たことで、事件前の関係性には戻れなかったのです。
このように本作は法廷劇のようでありながら、その意図は全然別のところにあるという変化球であります。
2時間半の尺も、やや冗長なところがありました。(弁護士ヴァンサンは恐ろしいほどイケメンですが、サンドラへの好意は完全に蛇足でしょう。何度か陳腐で俗っぽい展開になりそうで、違う意味でハラハラしました)
脚本は良く練られていると思いますが、なかなか人を選ぶ作品ではあると思います。
ただ、「すごく面白かった」とは決して言えないものの、地味に心に残り続けたり、もしかしたら今後の物の考え方に影響を及ぼすかもしれない、そんなジワジワくる作品でありました。